佐久間義貴による批評(Disc6)

 あらゆる環境には常に音が偏在している。私たちはそれらの音に注意深く耳を傾けることはないかもしれないが、確かにそこに音は存在し、私たちを包み込む。かつてB・イーノが提唱した「アンビエント」とは、一般的にそのような普段は意識することのない音を意識するという聴取態度を指し示すものとして理解されている。だが、「アンビエント」の真価として強調すべきはそのような聴取態度よりも、音と環境(あるいは事物との)関係性を再考した点ではないだろうか。「空間や環境に合わせて音楽も変化していくのが理想」と語り、フィールド・レコーディングを創作の核として日課のように行なっている蓮沼執太も、そのような「関係性の音楽」を思考する一人だ。
 本作は資生堂の総合美容施設「SHISEIDO THE STORE」の各フロアのBGMとして制作された素材を再編集して制作された。まず素材となる蓮沼による店内BGMは、店内という環境を考慮し各フロアそれぞれに音が配置され、二つの以上の音が混ざり合うことで一つの音楽として成立するように作られているという。その互いの音や環境が干渉し合う試みは、再編集された本作の作風にも如実に反映されている。ピアノやアコースティックギター、山崎阿弥によるヴォイスなどの様々な音が短いパッセージを発し、減衰してゆく。ここには不連続な音の飛躍や劇的展開はなく、計算された音の配置だけがある。1音1音の推移と蝟集によって、そこにはまるで移り変わりゆく風景のように徐々にかたちを変えてゆく音の運動と、音と音の関係性による「ハーモニー」が生まれている。
 環境のなかで変化していく音楽とは、音が置かれたコンテクストによって、あるいは時間の経過によって、その機能が作品内で変化することで、聞き手に対しての働きかけ自体が変わる「サウンド・エスケープ」だ。作品はそれ自体によって自立するのではなく、関係性の只中に置かれていることによって、新たな「音の風景」を生み出す。本作が表出する「音の風景」はいかなる環境や事物にも開かれている。

佐久間義貴

佐久間 義貴(さくま よしたか)

1988年福島県生まれ。音楽/音響論。視-聴覚芸術論。批評誌『ヱクリヲ』編集長。主な論考に「反響・パースペクティヴ・深さ――振動するジャームッシュの風景」(『ヱクリヲ6』所収)、「亡霊たちの唱歌――神代映画の〈声〉を聴く」(『ヱクリヲ5』所収)など。
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Disc6 収録曲一覧

  • Title Commission Type Year
  • 80
    Music for SHISEIDO THE STORE SHISEIDO Others 2018