柳樂光隆による批評(Disc5)

僕は普段は現行のアメリカのジャズについてよく書いているライターだ。なので、普段はヒップホップやインディーロック、エレクトロニックミュージックの要素が混じったジャズについて書くことが多い。ということもあり、蓮沼執太さんの音楽とは仕事ではあまり縁がなく、これまでにさわりだけ聴いたことがある程度で、これまでの活動や全体像をほとんど知らない。なんとなくのイメージだと、映画や演劇のために音楽を作ったり、インスタレーションをやっている方で、あとは大谷能生と一緒にやっている人という感じの印象で、なんとなくシリアスで実験的で難しそうだな…というイメージだった。

今回、原稿依頼をもらって、この『windandwindows』を聴いた。6枚組の未発表音源集の中の一枚ということだが、もともとあまり知らないので、僕は普通に新譜だと思って聴いた。おそらくCMか映画のBGM用の曲だろうというものもあるが、一聴してかなりポップで、想定外に既存のジャンルの要素がその形をして鳴っている曲もあることに驚く。エレクトロニカ経由のチェンバーポップ・インストみたいな曲もあり、これが割と無機質なブラシで叩かれるビートがベースになっていて、そこにスティールパンだったり残響が多めの生楽器を重ねられていて、電子音とそれにフィットする生演奏という感覚があって、その辺から僕にこのディスクが割り振られた意味を理解した。

何曲か聴いて感じたのは、蓮沼さんの曲はほぼ打ち込みの曲でも、オーガニックな感触があるのだが、不思議とフィジカルな感じがしない。ビートを組んだような曲でベースラインがファンキーだったりしても、そこには肉体的なノリがなくて、無機質ささえ感じる。ただ、それと同時に楽器の重なりにレイヤー的な無機質さがなく、アンサンブル的な感触が常にあり、響きが妙に有機的だ。明らかに箱庭なんだが、開かれているような錯覚を誘発する仕掛けがたくさんあって、脳が混乱する。聴いていると、人懐っこいのか、突き放しているのかわからなくなってきた。そう思うと、妙にカラッとしてて聴きやすいのも不気味に思えてきた。

かなりポップでキャッチ―で一見聴きやすいのだが、アンビバレンツで違和感を孕んでいて、どこか落ち着かない。頭は自然に受け入れているが、身体が何か自然じゃないものを感じている。何度も言うが、ポップでキャッチ―だ。ただ、聴く前に感じていた「なんとなくシリアスで実験的で難しそう」はあながち間違っていないようだ。いや、でも、ポップでキャッチ―なんだけど。

柳樂光隆

柳樂 光隆(なぎら みつたか)

1979年、島根県・出雲市生まれ。音楽評論家。元レコードショップ店員。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ、現代の視点からマイルス・デイヴィスを考察した『Miles Reimagined』監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ジャズの名門ブルーノート・レコーズのピアノ音源をまとめた『All God's Children Got Piano』などコンピレーションの選曲も多数。

Disc5 収録曲一覧

  • Title Commission Type Year
  • 65
    Waving Flags
    -instrumental “Miu Sakamoto”
    Miu Sakamoto Produce 2014
  • 66
    requiem -instrumental “Tamaki Roy” Tamaki Roy Produce 2013
  • 67
    For 3 minutes NISSIN Movie 2014
  • 68
    Music for Yasai no Hi -version1
    with Takako Minekawa
    J-WAVE Sound Logo 2016
  • 69
    Music for Yasai no Hi -version2
    with Takako Minekawa
    J-WAVE Sound Logo 2016
  • 70
    Music for Yasai no Hi -version3
    with Takako Minekawa
    J-WAVE Sound Logo 2016
  • 71
    Music for Yasai no Hi -version4
    withTakako Minekawa
    J-WAVE Sound Logo 2016
  • 72
    Music for Yasai no Hi -version5
    with Takako Minekawa
    J-WAVE Sound Logo 2016
  • 73
    Music for Yasai no Hi -version6
    with Takako Minekawa
    J-WAVE Sound Logo 2016
  • 74
    jiyu-ni -instrumental “Negicco” Negicco Produce 2015
  • 75
    Music for JUDAS, CHRIST WITH SOY -scene Transition to Stairs JUDAS, CHRIST WITH SOY Collaboration 2017
  • 76
    Music for AIR -scene drive 映画『air』(監督:砂入博史) Movie 2016
  • 77
    Disappearance - - 2016
  • 78
    Music for BACON ICE CREAM 奥山由之写真展
    『BACON ICE CREAM』
    Exhibition 2016
  • 79
    5windows eb -alternative 瀬田なつき Movie 2015