Shuta Hasunuma Philharmonic Orchestra talks about『symphil』part2

アンサンブルから浮かび上がる1/15の音色

アンサンブルから浮かび上がる1/15の音色
編集・インタビュー
金子厚武

蓮沼執太フィル5年ぶりのニューアルバム『symphil | シンフィル』は、ライブを前提とせずに制作が行われ、シンセサイザーやエレクトリックドラムの割合が増え、電子音楽の側面が強まったことは「part1」でも語られていた通り。その背景について、蓮沼はこんな風にも語っている。

蓮沼

「フィルハーモニックオーケストラ」と言っているので、基本的には生楽器の構成で、特にファーストのときは「絶対に生演奏」と思ってましたけど、今回はもう少しレンジを広げてみようかなって。もともと僕はピアニストでもボーカリストでもなくて、どちらかというと電子音を作ることが一番専門的な立ち位置ですしね。あとは、笙が入ったのも大きいかな。音無さんは本道は雅楽というフィールドで活躍しながらもティム・ヘッカーとワールドツアーを周っていたり、もともとの血筋が電子音から来てるので、質感とか響きを電子音寄りに持っていく要因にもなってると思います。

音無

笙は和音でファーっていうイメージを持つ人が多いと思うんですけど、フィルでは厚みの持たせ方を単音の倍音で構築していく感じが面白い。なので、最初の方に録った「Eco Echo」とかはそれを意識してきれいに吹くようにしたけど、後半になると若干揺れててもそれはそれでライブ感があっていいなと思うようになりました。

葛西

前までのミックスはわざとトーンを似せてて、誰がどこにいるのかがいい意味で一定して聴こえるようにしてたけど、今回は蓮沼くんと「もういいんじゃない?」という話をして、意識的に変えていて。「1/2 SLEEP -半分寝てる-」は頭だけ映画のサントラみたいな音像にして、でもそこにモジュラーを入れてもらって、後半はビートミュージックになっていく。普段自分がやってる仕事の極端に違うものを混ぜていく感じが面白かったです。

蓮沼

そもそもフィルのメンバーは半分以上が電子音楽も作れる人なんです。だから、ただナチュラルな生のアンサンブルのバンドだと思われることを気にする声もチラホラ聞いたりしてたので、「もっと違った側面も持ってるよ」というのを出すのは、自然な欲求だったんじゃないかな。

ライブを前提としないことが制作の自由度を上げ、結果的にメンバーそれぞれのプレイヤーとしての個性をこれまで以上に浮かび上がらせているのも『symphil | シンフィル』の特徴だ。今回のレコーディングでは楽器のコンバートも自然と行われていて、過去2作では見られなかった「違った側面」が各所で散見されるようになっている。

千葉

常に全員が曲に参加しなくても成立するというのは、これまでも「そうしたらいいのに」と思ってたし、今回は楽器のコンバートもあって、いろいろな可能性が見えたなって。

石塚

僕はもともとギターを弾く機会の方が多いんですけど、フィルに関してはこれまでずっとベースで。でも今回気づけばエレキギターしか弾いてなくて、クレジットを見て初めて気づきました。2本のギターの関係性で、ベースみたいなギターを弾くときもあるし、前はギターみたいなベースを弾いたりもしたので、プレイヤーとしてそこまで差があるかと言われたらそうでもないですけど、「ギタリスト」と名乗れる感じはちょっと嬉しいです(笑)。

斉藤

僕はもともと基本エレキギターなんですけど、ライブだとトライアングルとかスレイベルにもトライしていたので、今回「HOLIDAY」とかでそれを作品に落とし込めたのは単純に楽しかったです。逆に、いろんな楽器にトライした上でもう一回ギターを見返すと、やっぱりすごくいい楽器だなって、再確認もできました。

尾嶋

イトケンさんのセットが半エレクトリックセットになったから、より僕のドラムのウェイトが高くなった気がして。今までは2人のアンサンブルでひとつのドラムという感じだったけど、より僕単体でドラムという感じの担い方になった気がします。

イトケン

「1/2 SLEEP -半分寝てる-」は曲の作り方がこれまでと違って。蓮沼が持ってきたものを一回持ち帰って、リズム隊だけでリハをしてビルドアップしたので、新鮮でした。

ギターとベース、生ドラムとエレドラなど、楽器のコンバートによって浮かび上がる新たな側面の一方、楽器自体は変わらずとも、フィルとしての活動を継続する中で積み上げてきた方法論によって、管弦楽器のアンサンブルはまた新たな地点へと到達している。

手島

「1/2 SLEEP -半分寝てる-」と「ずっとIMI」で弦カルを録って、それはすごく嬉しかったです。もともとクラシック出身なので、編成としては慣れ親しんだ編成なんですけど、でも全然クラシックじゃなくて、そこが面白い。あとは、少し前に録った「Eco Echo」をライブで何回かやった後に聴き直すと、気負わずに吹いてる感じがこれはこれでいいなと思いました。

宮地

「個人的に「#API」はすごく気に入ってます。

ゴンドウ

自分の演奏はいつもと一緒ではあるんだけど、だんだんやり方がわかってきた。

大谷

ヨコのラインがきれいになった。特殊な編成なんだけど、ひとつの楽器の音だけでかくなっちゃうとかがなくて、アンサンブル的にすごく気持ちいい状態になってる。笙も含めて5管になるわけで、クロードソーンヒルの「Snowfall」みたいなサウンドをこの編成で鳴らしたらどんな感じになるのか、アレンジしてみたい欲も出てきました。

アンサンブルから浮かび上がる1/15の音色

15人のメンバーの中でも今回明確に新たな側面を見せているのが、やはり5曲でボーカルを担当している三浦千明だ。『symphil | シンフィル』では「ゆう5時」、「#API」、「呼応」でxiangyuがラップと歌を、「マヨイガ -PHIL REWORK-」と「HOLIDAY」で羊文学の塩塚モエカが歌を担当していて、大きな存在感を放っているが、三浦の歌はあくまで「アンサンブルの一部」として機能しながらも、フィルを新たな地平と誘う予感も感じさせる。

蓮沼

フィルは歌も楽器の一部、アンサンブルの一部であって、歌も楽器もすべてを等分に考えるという絶対的な部分は変わっていなくて。シャンちゃん(xiangyu)のラップとか、モエカさんの歌とか、ゲストになるとまたちょっと違うけど、メンバーに関しては全部フラットで、極端な話、千明はボーカルでもフリューゲルでもグロッケンでも「千明」なんです。

三浦

アルバムを通して聴いたときに、塩塚さんやシャンちゃんが出てくると、「ゲストシンガー」という感じがするけど、私はシンガーではないので、よりメンバー感がある気がします。2人と比べて聴くと特に、楽器の一部みたいな立ち位置の歌になってる気がする。ただ、「GPS」は一回録って、その日は「いいね」となったんだけど、持ち帰って、自分の中でもうちょっと噛み砕いたら、もっとできそうだと思って、2回目の録音で全部録り直して。

蓮沼

「GPS」はトーンを変えたんです。色味がちょっと沈んでたから、もう少し明るめにしようって。録り直しのプロセスをシェアしたことで、千明の歌にもっと可能性があることも感じました。

葛西

声の使い方は、前はもっとアンサンブル的に鳴らしてたけど、「GPS」はフィルの中でも一番「歌」という感じにしたり、曲ごとのバラエティも面白いと思います。千明も最初はコーラスっぽい歌い方だったけど、だんだんメインボーカルらしくなったなって。

アルバムのクライマックスと言うべき楽曲は唯一のインスト曲であり、11分を超える大曲の「BLACKOUT」。2022年3月に起こった首都圏の大規模停電の日に作曲され、序盤で繰り返される不安げなピアノのリフレインと、後半の盛り上がりによる高揚感が非常に印象的。恵比寿ガーデンホールで行われた2022年最初で最後のコンサート『消憶 | Vanish, Memoria』で初めて演奏され、ハイライトとなったことも記憶に新しい。

小林

「BLACKOUT」が一番好きです。全体的にギリギリな感じ。同期を入れてやるような曲だけど、それを人力でやるのが面白い。

K-Ta

「BLACKOUT」は一番アンサンブルっぽい、「フィルハーモニー」なイメージ。ちゃんとクラシカルなアンサンブルの要素があって、アルバムを順に聴いていくと、ここで急に空気が変わるのが面白いなって。しかも、この曲は年末のライブですでに進化をしていて。レコーディングのときは文字通り全員ブラックアウトな状態で、どうなるか自分たちでもわかってなかったんです。その難しい曲をライブでクリックなしで再現するとなったときに、それぞれのスキルと努力によって、本番でひとつの形になって、すごく進化した気がする。静かな曲なんだけど、そこにある気迫が毎回違って出てくる曲だろうなって。

アンサンブルから浮かび上がる1/15の音色。それを次に直接体験できるのは、4月2日に東京オペラシティコンサートホール:タケミツメモリアルで開催され、Corneliusのゲスト出演も決定しているコンサート「ミュージック・トゥデイ」だ。