佐々木敦さんと語る、“(発表済みの)全曲解説”

構成
國崎晋

先日ついに発表された蓮沼執太フィルの新作『symphil|シンフィル』。しかし、その準備するかたわら、蓮沼執太は昨年9月からソロ名義の音源を配信のみで連続リリースし、それらをまとめて1枚のアルバムにするという計画が進行中だ。前回は、なぜ今そのようなプロジェクトを立ち上げたかを、活動初期から蓮沼執太を見守り続けている「育ての親」的存在の佐々木敦さんと語り合いましたが、今回は現時点で発表済の6曲がどのような成り立ちなのかを、佐々木さんの質問に答える形で1曲ずつ解説していくことにします。

01 Weather (Mastering: Kentaro Kimura)

Weather (Mastering: Kentaro Kimura)
佐々木

この曲はテンション高いよね。アグレッシブなミニマルテクノっぽいトラックで、BPMも速い。こういう曲ばかり100曲作れって言われたら作れるんだろうけど、作らないよね?

蓮沼

100曲は作らないですね(笑)。まあ、元々こういう曲はずっと作っているんですけど、世間的なイメージとしては無いってことなんですかね。

佐々木

ミニマルテクノ系のレーベルからシングルで出ていても不思議じゃないと思うんだけど。

蓮沼

そういうトラックを家でよく聴いているっていうのはありますけど、でも、こういう感じのものを作ろうってわけじゃなくて、自然にやっていたらこうなりました。モジュラーやブックラなどたくさんシンセを使って。

佐々木

音を足していくときの感覚ってどういうものなの?

蓮沼

この曲の場合は最初にモチーフを決めて、そのモチーフの進行があって、ここにはこの音を使おうとか……。

佐々木

配置を決めて行く感じ?

蓮沼

そんな感じですね。で、抜き挿し……マイナスしていく。これも作っていた期間が5期くらいに分かれていて(笑)、昔はこれで良かったけど、今は満足できない、みたいな。自分の中のトレンドみたいなものが変わっていっちゃう。

佐々木

時間が経つと変わるっていうのは、聴いている音楽が変わったり、人生において新たな出来事があったりとかが影響して?

蓮沼

そうですね。あと、“未完成”だっていうのが大きいんじゃないですかね。完成されていればもう離れているっていうイメージ。完成していないと、すぐ捨てたくなっちゃうのをこらえて、育てるようにしないと。

佐々木

こういうミニマルテクノみたいなタイプの曲でアルバムを1枚作ろうって思わないの?

蓮沼

それを作ったところで、どうするのっていう……。

佐々木

変名で海外のレーベルから出すとか。

蓮沼

変名とか苦手なタイプなんですよ。対処しきれなくなっちゃうから。そもそもいろんなことやっていないとすぐ飽きちゃうタイプだから、自分の中でレンジを持っていないと保てない。それに加えて変名も使って出していたらキリがない。でも、変名をたくさん持っている人っていますよね?

佐々木

違うことをやるときに違うペルソナをまといたいっていうのは、性格とか人間性の問題だよね。俺は自分の名前でやることが複数性を持っている方がいいと思っている。

蓮沼

はい、そういう話です。

02 Pierrepont (Mastering: Matt Colton)

Pierrepont (Mastering: Matt Colton)
佐々木

この曲の僕の印象は、インスタレーションのために作ったものを曲に変遷させていった感じ。アンビエントっぽいけど、アンビエントにしては音数が多いからね。

蓮沼

僕の曲は音数が多いからアンビエントではないですよね。この曲は夏にブルックリンの家に引っ越して、冬にセントラルヒーディングが入ったときに、部屋のどこかからカタカタという音が聴こえてきて、それをフィールドレコーディングしてリズム的にとらえて、そこに電子音をはめたり、旋律を作るという感じで作りました。空間性っていう感じですかね。

佐々木

カタカタって音は家中で鳴っていたの?

蓮沼

いや、コンピューターのディスプレイの横だけで。そのときはいい音だとは思わなかったんですけど、何だろうと思って一応録っておいて、後日、それをもとに作業を始めていきました。鍵盤の前に座って“よし、今日はこのパッチで頑張るぞ!”みたいな作り方じゃなくて、いつも違う方法で作りたいと心掛けているんです。なので、この曲のような作り方が僕にとって一番健康。次、どうしていいのか分からないな~ということを考えているだけで制作時間が過ぎていったり。何も進んでいないとか、逆に急に進んでいるとか、そういう感じですよね。

佐々木

それこそ空間的な音作りになっていると思うけど、実際に曲って空間じゃないじゃない? 空間があって、ある流れがあって、4分くらいの曲だったら0秒から始まって4分までいくっていう。空間性とともに時間的な展開みたいなものが自然に出ちゃう。そこに音を足していくとき、起承転結みたいなドラマツルギーみたいなものは無い方がいい場合もある。蓮沼君の場合は1曲目もそうだけど、やっぱりある種の展開があるんだよね。構造やビートが一定でも必ず変化みたいなものがあって、後半に展開があって、終わりらしく終わる。そういう意味では作曲家的なタイプだと思う。

蓮沼

その通りですね。ただ、その空間性をどうやって出していくか……空間が無い中にどう出していくかというのが、いろいろなアウトプットで経験してきたことだと思います。それを今はレコーディングの現場で落とし込んでいる。いろんなところで録ってきた音をひとつの時間にまとめるとか、それらを入れていくことで多層性を出すとか、そんなに意識的じゃなかったですけど、そういうことをやっているんだなと、今、佐々木さんのお話を聞いて思いました。純粋なインスタレーションだと鑑賞者に委ねるというのがベーシックになって、主体は音には無い。聴く人、空間に入った人がどう感じ取るかっていうのが、音と空間の関係性になってしまう。もちろん、それはそれでいいんですけど、単体の音楽の場合、それだとつまらない。その理由が何なのかは突き詰めていませんけど、そう感じますね。音楽的な展開という意味での構造があるんでしょうね。

佐々木

昔、神戸アートビレッジセンターで蓮沼君が個展「音的→神戸|soundlike 2」をやったとき、今みたいな話をしたのを思い出した。サウンド・インスタレーションを体験する人って、すぐ出ちゃう人もいるし、数時間居る人もいるから、その場で流れている音楽は、いい意味での金太郎飴になっているのが基本。でも、蓮沼君の音楽はそこに必ずある種の構造みたいなものが備わっている。曲が作られる前提とか条件はアンビエントだったりインスタレーションのためだったりするけど、そこに必ず楽曲的な何かの志向性が強く入っている。そこが面白い。やはり作曲している。ずっとそのままの音で許されるときでも何かしちゃう。終わりがちゃんとある。この曲も最後でモールス信号みたいなものが出て来るけど、それがいいんですよ。

蓮沼

完全にその通りですね、作曲しているんでしょうね。

佐々木

曲としてまとめ上げようという意思が必ずどこかに出てくるんだろうね。だからそういう人は1時間ずっと同じ音が流れるようなアルバムは作れない……ブライアン・イーノになれない(笑)

蓮沼

なれないですね(笑)

03 Hypha(Mastering: Hidekazu Sakai)

Hypha(Mastering: Hidekazu Sakai)
佐々木

この曲も作曲感があるよね……ストリングスが入っているし、クラシカルと言ってもいい。でもライブで演奏するっていうよりかは、完全に録音物として作られている感じ。

蓮沼

いや、本気出せばライブでもできそうですけど(笑)。

佐々木

人を集めて、せーのでやれる状況を用意してもらえば?

蓮沼

そうですね、全部譜面を書いて。でも、確かにライブ演奏というよりは、曲を書いているって感じがしますね。この曲はどんどん中に入っていくようなイメージの楽曲を作りたいなと思って作ったものなんです。そういう意味では割とコンセプチャル。耳に残るようなリフレインはそんなに無いし。

佐々木

複雑な曲だよね。後半にビートが入ってくるし。

蓮沼

そうですね、個性全開、やり放題みたいな感じ。

佐々木

制御しない感じ。

蓮沼

だから作っていて楽しかった。僕の友だちもこの曲がいいという人が多いです。

佐々木

俺もすごく好きだよ。面白い曲じゃん。

蓮沼

そうそう、ユニークですよね。

佐々木

さっきのNYの家で変な音がしたみたいなきっかけは、この曲にはないの?

蓮沼

この曲ははっきりとした動機というか目的があったんです。ブルックリンのゴアナスっていう地区でライブをすることになって、そのライブの一発目にやりたいなと思って作りました。ライブでやったときは未完成バージョンみたいな感じでしたけど。

佐々木

こういう曲はまさに“どこで終わりにしたらいいかわからない”という感じになるんじゃない? どこで“完成”ってことにしたの? 締切?(笑)

蓮沼

みんな締切って言いますよね。でも、今回それはなかったので……まあ、マスタリングっていうのはありますけどね。この曲についてはこれだっていうのが割と見えていたので、そこにたどりつけば完成。

佐々木

これで完成……これ以上手を加えることがないっていうのは、聴く側には分からない。でも、作っている人の意識の中でそれは結構はっきりあるような気がする。この曲に関して、それは早い段階からはっきりしていたと?

蓮沼

この曲はそれこそ書き譜みたいな感じで構造が決まっちゃっているんで、ディテールにこだわるっていうのでは無かったです。だから“シンセのハイをもうちょっと”みたいな細かいことは、この曲に関してはやらなかったですね。

04 Irie with Jeff Parker(Mastering: Matt Colton)

Irie with Jeff Parker(Mastering: Matt Colton)
佐々木

トータスのジェフ・パーカーがギターで参加している曲ですね。前からジェフと何かやりたいと思っていたの?

蓮沼

ええ、単純にファンなんで。

佐々木

作り方として、ジェフのギターは後から入れたの?

蓮沼

そうですね。僕が作ったトラックを渡して、それにギターを足してもらっています。それこそ自由演奏っていうか自由演技で。

佐々木

ジェフって割とフレキシブルにやってくれるし、結果もいい。やっつけ感が全然無いよね。ジェフにギターを足してもらった後、蓮沼君はさらに手を加えているんでしょ?

蓮沼

はい。元々入れていた自分の音をどんどん抜いていきました。ジェフはギターを2テイク弾いてくれたんですよ。ひとつがいわゆるギターって感じで、もうひとつがアンビエントな感じのもの。どっちを使うかは任せるって言われて、僕としては両方とも使って、自分の要素を落としていった。そもそも、そういうことがしたかったんですよね……ひとに動かされるというか。

佐々木

一種の時間差共演だもんね。僕は最初にこの曲を聴いたとき、一緒に演奏したのかなと思った。音の在り方としてなかば即興でやったという可能性もなくはないなと。何て言うか、“デュオ感”がある。

蓮沼

ジェフ・パーカーのハートを感じる部分ですよね。僕は何の指示も出していないんですよ。譜面も書いていないし、コードすら渡していないし、ピッチも通常のA=441Hzではなく、ちょっと落としている。お願いの仕方としてはすごく抽象的なんですよ。

佐々木

具体的な音は送ってあって、それをジェフが聴いて、じゃあ俺はどうしようかなって弾いている。

蓮沼

一番好きなのはそれなんです。こう来たか!って自分も驚くし。自分でもこの曲は好きですね。

05 Vanish, Memoria with Shuta Ishizuka, Greg Fox(Mastering: Hidekazu Sakai)

Vanish, Memoria with Shuta Ishizuka, Greg Fox(Mastering: Hidekazu Sakai)
佐々木

この曲は石塚周太君のギターとグレッグ・フォックスのドラムが入っていてバンドっぽいけど、実際にどこかで一緒に演奏したものなの?

蓮沼

いや、別々ですね。この曲はイレギュラーっていうか、そもそもはフィルの恵比寿公演のために作っていたものなんですよ。あわよくばフィルのアルバムにも入れたかった。フィルのメンバーで録ろうと思ったんですけど録れなくて……。スケジュール的な問題もありましたけど、なんかムードとして“この曲、やるの~?”っていうか、“まだやんの?”みたいな雰囲気を感じたし(笑)。

佐々木

あはは、ありがちな(笑)。

蓮沼

そうそう(笑)。それこそフィルのアルバムを作っていると、流れとしてここにこういう曲があるといいんだけどな~みたいな感じで作っていたんですけど、皆に提案したら案の定、“まあ、頑張れるけど……”みたいな感じで。ああ、このタイミングじゃないんだなと。だけど、せっかく作ったんだし仕上げてみようと。で、このソロのプロジェクトも動いていたので、ドラムをグレッグにお願いして、ちょっと前のめりなプレイをしてもらった。

佐々木

グレッグのことは前から知っていたの?

蓮沼

NYでお世話になっていました。僕よりちょっと上の世代ですね。NYというかアメリカ全般に言えるんですけど、その世代でオルタナティブな活動をしている人って、大体は役職に着いているんですよね。彼なんかもベニューのプログラムディレクターの仕事を任されていて、僕も彼にライブを組んでもらったりしました。

佐々木

トータスよりはひと回り下の世代だよね。グレッグのドラムって、NYのバンドのドラマーっていう感じだよね……すごく突っ込んでるし、むちゃくちゃたたきまくっている。

蓮沼

波形で見ると、リズム的にめっちゃ突っ込んでいるドラムですね。普段、自分はあんまりそういう曲はやらない(笑)。

佐々木

新鮮味があるよね、蓮沼君の曲でこんな感じっていうのは。

蓮沼

普段、フィルなんかでやると全部イトケンさんが押さえてくれるので。

佐々木

新鮮味があるよね、蓮沼君の曲でこんな感じっていうのは。

蓮沼

普段、フィルなんかでやると全部イトケンさんが押さえてくれるので。

佐々木

基本的にそっち系のドラマーとしかやってないよね。走る系じゃない人としか。

蓮沼

とはいえ、フィルのために作っていたというのもあり、石塚君にギターを弾いてもらって、あとは全部僕がシンセでやっています。

佐々木

別に録ったという話だけど、集まってせーのでやったように聴こえる。スタジオライブみたい。

蓮沼

キレイにし過ぎていないようにしましたね。

佐々木

粗い感じ。

蓮沼

そう、でもギリギリ一体感があるという。

佐々木

それこそドラムの感じに突き動かされて、シンセも乱暴に弾いているように聴こえるところもあるから、すごいライブっぽい。バンドサウンドだなって。

蓮沼

あんまバンド慣れしていないっていうのがあるかもだけど。

佐々木

フィルと違って、メンバーが少ないとロックっぽさが出る。っていうか、この曲はロックだよね。

蓮沼

ロックなんですか?(笑)

佐々木

それこそライブでやってほしい。

蓮沼

ライブでできそうですね。やる機会があれば……機会はないんですけど。

佐々木

そんなこと言わないで(笑)。

06 Postpone(Mastering: Stephan Mathieu)

Postpone(Mastering: Stephan Mathieu)
佐々木

最後がスティーブ・ライヒ的なミニマルの新展開で、いい曲だなと思いました。

蓮沼

確かにこれはミニマルですよね。

佐々木

この曲のマスタリングは音楽を引退した男……ステファン・マシューが担当しているんだね。

蓮沼

そうです。音楽を作るのはやめたけど、マスタリングはガシガシやってます。

佐々木

Bandcampに上げていた曲も全部消しちゃったんでしょ? 変わっているよね。

蓮沼

ですよね。今回ももう完全にマスタリングエンジニアっていう感じのやり取りでした。“このミッドの詰まり具合を……”とか、“ザ・エンジニア”って感じ。でも、良心がありますよね。完全に音響のことを分かっているし、何を引き出したいかってことを分かってくれている。こんな変な曲を渡しても、ちゃんとやってくれるっていう時点で良心的です。最近、自分の好きな音ってマシューがやっていることが多くて、それでお願いしたんですが、はまりましたね。

佐々木

俺、一回ドイツで会っているんだよね……彼の作品をウチのレーベルで出していたから。

蓮沼

取材で?

佐々木

「FADER」での取材だった気がするけど。日本に来たことはあったっけ?

蓮沼

佐々木さんが知らないんじゃ、だれも知らないですよ(笑)。

佐々木

俺、来ても来てなくても忘れているから(笑)……でも、この曲いいですよね。この6曲でアルバムとして出すのか知らないけど、この曲はすごく終わりっぽいじゃない。タイトルも「Postpone」だし。

蓮沼

タイトルは、作っていたときに何かの延期が決まって、もういいやというつもりで付けました。

佐々木

そういう決め方なんだ(笑)。

蓮沼

そうですね、今回は曲の作り方と似ていると思いますね。