ここ10年のポップ・ミュージックは、歌唱表現の進化と共にあった。いうまでもなく、その進化をもたらしたのは様々なヴォーカル加工装置だ。それらのテクノロジーはジャンルを問わずに音楽家たちの創造性を駆り立て、肉声による感情表現のあらたな可能性を切り開いていった。別の言い方をすると、もはや「ボーカロイドやオートチューン＝無機質」といったような偏見ほど旧態然としたものはないのだ。

蓮沼執太にとってのヴォーカル・ミュージックとは、あくまでも数多ある表現方法のひとつなのもしれないが、いっぽうで彼もきっとそうした歌唱表現のプログレスを大いに楽しんできたのではないかと思う。実際、未発表音源をまとめた『windandwindows』のうち、２曲収録された新曲のひとつである「Chance」には、そんな歌唱表現のラディカルな追求が見て取れるのだ。時にピッチが変調し、トリミングされてぶつ切りにされた蓮沼の歌声。それを支えるのは、トラッピンなハイハットのこまかい連打や、トロピカル・ハウス風の跳ね回るような音色によって構成された現代的なトラックで、終始つんのめったままの声は、その譜割りを崩さないギリギリのラインで、穏やかなメロディを紡ぎ出してゆく。その声も含めてナマと電子がひとつに溶け合った音像が描き出すのは、さながら拡張現実とリアルの境目が消え去った時代のサイエンス・フィクションだ。

この「Chance」を１曲目とするDIsc 2の特徴といえば、たとえば「MUJI」への提供曲をいくつか収めているところだろうか。同ブランドのミニマルな生活用品と、それによってアップデートされた生活空間を音楽で演出するとなれば、我々がいま生きている日常をちょっとだけ飛躍させるようなイマジネーションが必要不可欠。そしてそのイマジネーションこそ、蓮沼という音楽家を唯一無二にしているのだと思う。いわば彼は時代と並走しながら、常にその先を想像し、それを音に置き換えてきたアーティストであり、そうした彼の資質をあらためて本作は伝えているのだ。

渡辺裕也